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院長ブログ

地域に根ざして


editor( 2017-12-11 )

スタッフから○○さん、亡くなられました。

今日が「お通や」です。

訃報の回覧がきていたので写真撮っておきました。

スタッフは短い人でも8年以上勤務してくれているので、患者さんのことはほとんど把握してくれている。

もうこちらが「報連相」という事もなくなった。

 

仕事が終わり、喪服に着かえ葬儀場へ。

町会長さんとは、葬儀場で11月からもう3回ほどお会いしている。

また地域の方とも・・・。

改めて、地域に支えられていることを感じる。

地域は動いてくれている。

 

出会いと違い、別れは最後、もう二度と出会うことはない。

だから私はこの「別れ」を大切にしている。

迷惑かもしれないが、自分の「時間が許す限り」この別れに参列し、

最善を尽くせただろうか?

反省も込めて、今後に繋がるヒントを頂いている。

我々の役目は、最後まで「口」から食べてもらうこと。

しかし、すべての人にそれはできない。

「胃ろう」になる人、理由は様々。

もっと歯科医が地域に関わり、

地域住民の「歯の健康」を取り戻し、

最後まで「口」から食べてもらえるよう頑張っていきたい。


森岡歯科通信12月号


editor( 2017-12-01 )

12月


人は関係性の中で生きている。


editor( 2017-11-29 )

往診へ行っている患者さんの奥さんが、歯磨き粉を買いに診療所に来られた。

4日前に主人が亡くなったという報告も兼ねて。

次の日、菓子折りと8年間の往診連絡票を持って来られた。

菓子折りには「御礼」と書かれていた。

私はこの「御礼」という2文字に8年間という重みを感じた。

8年前にこの方と出会ってから、今までを思い出しながら往診連絡票に目を通した。

最初に出会った印象は、ちょっと怖い人、奥さんに対して怒っていることが多かった。

それはもしかすれば、我々のいる時だけだったのかもしれない?

しかし怖そうというのは、こちらが描いているイメージで、8年の間には笑顔もあった。

「関係性」は月日が作り上げてくれる。

私が一番褒めてあげたいのは、奥さんである。

診療所にも足を運んでくださり、スタッフとのコミュニケーションを一番に図ってくれた。

スタッフすべての名前を覚えてくれている。

ずっと支え続けてきてくれた奥さん、本当にお疲れ様でした。

 

人は関係性の中で生きている、常に他者を意識して生きざるを得ない。

「関係性」から切り離すことはできず、また生きている中では「関係性」は排除できない。

人は他者とのつながりの中で生き、絶えず他者との比較をおこなっている。

開業して17年、沢山の方との別れがあった。

行きつくとこは「死」かもしれない。

しかしその一歩前(病)を我々はどのように関わっていけるだろうか?

「健康である」とか「健康でない」という基準はどこからくるのだろうか?

また「痛み」や「不自由さ」が「健康でない」と言えるだろうか?

「病」を持ちつつ「健康」であるということはありえるだろうか?

多くの方と関わることで、このようなことを考えるようになった。


釣り


editor( 2017-11-27 )

久々の釣り、釣行先は鳴門、堂浦、細川渡船さん

妻と愛犬モコを連れて行った。

http://wwwe.pikara.ne.jp/fishing-hosokawa/tyouka/tyouka.html

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ターゲットはアジ。

ボトム(底)を狙うが釣れるのはチャリコ(鯛の幼魚)ばかり、最初はリリースしていたが

妻がお土産がないのでと、クーラーボックスに(笑)

突然、妻の竿が・・・。25センチを超える、トツカアジ、本命に二人安堵する。

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その後、私の置き竿にカレイ。

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それから、暫く何のあたりもなくなる。

船は15時に迎えに来てもらう事になっていたので、もう今日は終わったなぁ、

残っている餌を、撒き始める。

14時半にいきなり竿が曲がった、本命のトツカアジ。

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そこから爆釣モード、船長に電話し、迎えを16時に変更してもらった。

1時間で30匹弱を釣りあげ納竿となった。

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森岡歯科通信11月号


editor( 2017-11-02 )

キャプチャ


相手の身になって


editor( 2017-10-24 )

土曜日、診療後、鎌田實先生の「がんばらない介護セミナー」に参加してきた。

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鎌田實と言えば長野県諏訪中央病院の名誉院長として有名で、

私も過去に先生の書かれた本を読んだことがあるが、かなり昔に読み

どんなことが書かれていたか、記憶は定かでなかった。

鎌田先生は1歳の頃養子に出され、育ててくれた父母も貧しく大変苦労された。

子供の頃から「相手の身に立って」考え、行動された。

こういう幼少期の経験が、鎌田實を作り上げたのだと思う。

 

講演では、こんな話をされたので紹介したい。

育ててくれた母親が病弱で、父親も仕事で帰りが遅かったので昼間は親戚の家に預けられていた。

最初のうちは食事もせずに帰っていたが、1週間に1回食事を食べていくように言われた。

それから1週間に3回食べさせてもらえるよになった。

何をしたかと言うと、食べる度に「美味しい」、「美味しい」と言ったそうだ。

そこの家には「美味しい」と言葉を述べる人がいなかったそうで、

食べるのは当たり前になっていた。

作る人の立場になって考えると、

自分の作ったものを「美味しい」と言って貰えるほど嬉しいことはない。

食事は「美味しい」時もあれば、正直「美味しくない」時もある。

私も先生を見習い、美味しくない時でも「美味しい、いつもありがとう」という事を心がけよう。

 

ナイチンゲールの看護覚書きには、このようなことが書かれている。

「経験をもたらすのは観察だけなのである。

観察しない女性が50年あるいは60年病人のそばで過ごしていたとしても、

賢い人間にはならないであろう。」と

 

 

 


今村コロッケ


editor( 2017-10-19 )

中学の同級生がコロッケを持って治療に来てくれた。

彼の作ったコロッケはとても美味しい、スタッフの分まで、ありがとう。

彼はいつも前向きで、料理において研究熱心である。

料理の世界と歯の世界はいっけん違う世界に見えるが、

口という「食べる」という点で繋がっている。

蒲生四丁目でやっているので、是非行って下さい。

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https://www.imakoro.com/

 

 

 


読書会


editor( 2017-10-13 )

1年かけて1冊の本を読んだ。こんな経験は今まで初めてである。

読んだ本はニクラス・ルーマンの自己言及性について

参加者は、哲学者、数学の先生、歯科医師、様々であった。

哲学の先生からご教授頂きながら、読み進めた。

1回に読み進めるのは10ページ程度、最初は何が書いているのかまったくわからなかった。

進めるごとに少しづつ理解できたが、終わった今でもよくわかっていない。

またもう一度読んでみよう。

最終回は、私の担当で、「レジュメ」を作りどういう事が書かれていたか話さなければならない。

これが結構きつい、わからない用語を調べ、理解しなければならないからである。

(自己解釈だが)

でも読書会では、自分の理解できなかった点なども教えてもらえるので非常に勉強になった。

私の担当が終わった後、わかりやすかったと数名の人から過分な評価を頂いた。

すごく嬉しく感じた、それはうまくできたことに対してではない、

結果ではなく「プロセス」を見て頂けたことに対してである。

診療が終わって、疲れた時も本を読み、わからない所を調べ、地道な作業をした。

でも、それは自分だけではない。

やらなければわからない、いや、やった人にしかわからない。

レベルの違いはあるにしろ、同じ苦労をし、わかってくれていることに共感できた。

今後もそういう仲間たちと切磋琢磨しながら学んでいきたい。

 


森岡歯科通信10月号


editor( 2017-09-29 )

10月号


本山町


editor( 2017-09-28 )

9月後半の連休、愛犬モコの故郷、高知県本山町へ車を走らせた。

暫く走ると、モコは後部座席でこのありさま。(笑)

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途中ドッグランのあるSAで休憩を取り、本山町へ。

本山町は、高知県北部中央にあり長岡郡に属する。

早明浦ダムの近辺にあり、四国の水源地にあるため、天空の郷とも呼ばれている。

大石・吉延地区の天空の棚田。

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クラインガルデンを抜けると、険しい道、この先、車いけるのかなぁ?

と思わせるほど、先は細くなっていく。

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その先に家はあった。

ここに車を止めて下さい。200メートルまっすぐ歩いてもらうと家がありますので。

歩いていると、山の上から母犬が駆け下りてきた、凄い尻尾の振りようだ。

母犬は大きく、モコも最初は尻尾を巻いていたが、母犬と分かったのか?

元気にはしゃいでいた。

飼い主のお子さんが、モコと会うのを楽しみにしており、本当に連れてきて良かった。

家の奥にあるヤギ小屋も案内していただき、モコも懐かしく感じただろう。

モコが来て、まだ2ヶ月、もっと長い期間、一緒に過ごしているような気がする。

そうそう、この日に初めて知ったことだがモコの母犬の名前はモコだった。

道理で来た当初、モコと呼んでも反応がなく首をかしげていた原因がわかった。

 

モコの産まれた当初の写真、来た時4キロ、現在11キロ、母犬からすると30キロ?

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